Fate

 フェイト終わった~っ。stay/nightのほうだけど。ほろ~は来週から始めよう。そうしよう。そうじゃないと、この散らかりまくった部屋が片付かない。
 流石に何日も何日も散らかった部屋に居るのは気分が滅入る。誰か片付けてくれれば良いんだが、気の利いた幼馴染なんて居ないし、メイドはそもそも趣味じゃないし(メイド好きに謝れ!)。
 は~、しゃ~ねぇな~だぞ、俺。

* * *

 とりあえず、Fate について。
 身内にネタバレをして欲しくなさそうな人が居るんで、今更ですが伏字でお送りします。

 ふ~。俺は第三ルートが一番好きかな(いきなり何の話か)。
 世の中(というか、私の知覚している世界)には、第2ルートが好きな人が多い。それは、解る。第1・第2ルートの士郎は英雄(ヒーロー)だ。子供の頃、おそらく大半の男の子があこがれた英雄その物だ。しかも、それは完璧な英雄ではなく、不完全で不安定でその苦悩が、限りなく不安定な現実と共感する。だからこそ、英雄などという完璧なもの(記述が矛盾しているが、そもそも士郎自身が矛盾しているのでこの表現は問題ないと考える)に自分を投影(感情移入)出来るのだろう。そして、それをすばらしい物に思うのは当然だろう。実際、第3ルートをプレイするまでの俺もそうだったし。
 第3ルートで、そんな士郎の影は見る影もなくなった。作中で、士郎はそれまでの「士郎自身」を裏切ったと表現されているが、それは第2ルートまでの士郎を見続けてきたプレーヤーへの裏切りではなかったか?
 まぁ、それは余談なのだが……。第3ルートの士郎は英雄なんかではなかった。第3ルートの士郎は等身大の男の子だ。いや、能力や行動は尋常ではないのだが、それは物語を壮大にする為の贅肉でしかない。
 彼は1人の女の子の為にすべてを賭けて闘った。今までの自分を否定してまで。「Hemisophia」という歌に「教えて、強さの定義 自分貫く事かな それとも 自分さえ捨ててまで 守るべきもの、まもることですか」という詩がある。第3ルートの士郎は、まさに「自分さえ捨ててまで、守るべきものを守った」のだ。第1・2ルートの士郎は「自分貫くこと」で強さを表現した。第3ルートはその逆。自分を捨てることで強さを表現した。
 んで、俺はその「過去自分を捨てた士郎」の方が強く、カッコいいと思ったわけです。そもそも、人は生まれたとき、「自分」など持って居なかった。「自分」は後から「作り上げた」もの。それに縛られ、本当にやりたい事を見失ってしまったら、意味が無いから。まぁ、大半は受け売りですがね。……唯、それだけの結論を書くのにだらだらと書いちまったなぁ。

 さてっ、第3ルートをやって俺 Fate 脳内キャラクターランキングはどうなったのだろうか。ちょっと書き出してみよう……

 衛宮 士郎 >= 間桐 桜 >> アーチャー > イリヤ > 遠坂 凛 > ランサー > セイバー > ライダー > バーサーカー > 衛宮 切嗣 > etc

 ……あれ? え~っと。
 言い訳できないぐらい桜色です。多分もう一度第2ルートをやっても揺らがないんじゃないかな。
 あふ~。さくら~(あっ、なにか壊れた)

* * *
 ほろーに入る前に To Heart2 でもやって熱を冷まそう。……熱、あがるかな?

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